どんど焼きについて~どうしてしめ飾りやお札を焼くのだろう~

 平成23年2月5日

 

  「どんど焼き」に参加した事はありますか。私が子どもの頃は、今とは違って人家も少なく空き地があちこちにあったので、小正月の1月14日には各地区で高くそびえたやぐらを作り、どんと焼きが盛んに行われていました。その頃は家や商店も少なかったためか、夜も暗闇といっていいくらい真っ暗でしたので、その中で竹がはじける音とともに火が高く燃え上がっていくのを今でも覚えています。大蔵の地域でも、現在大蔵小学校で行っているとの事ですので見たことのある子ども達も多いのではないかな?
  
 ◎どんど焼きとは?

  「どんど焼き」は今でも沖縄を除く全国で行われている数少ない、日本の伝統行事であります。小正月(1月15日)あるいは14日の夜に行われ、各地でいろいろな呼び名があります。
 「左義長」「とんど焼き」「さいと焼き」「さえのかみ」「さいのかみ」…など20種以上もあるようです。
村の境や道の四つ辻に竹を柱にして、今ではわら、枯れ枝、落葉などで円錐状にやぐらを作り、そこにお正月に使った門松やしめ飾り、去年いただいた御守、神札、破魔矢、だるまなどを持ち寄って一緒に焼く火祭りでもあります。
 「その火に当たったり、木の枝にだんごを刺しそれを焼いて食べるとこの一年間は健康でいられる」とか「書初めを燃え上がった火の中に投げ入れ、それが高く舞い上がると習字が上手くなる」といった言い伝えがあったりもします。

 

 ◎どんど焼きとは何のためにやったのだろう?

  今では一般的に年中の無病息災、家内安全、五穀豊穣などを祈って行う行事であります。大蔵の町誌『わが町大蔵』によると、どんど焼きの事を「せえの神」と呼んだそうです。「せえ」は「さえ」か「さい」がなまったものだそうです。漢字で書くと「障の神」「塞の神」となり、「塞(ふさ)ぐ」という意味です。この神さまは道祖神とも呼ばれ、村の外から来る疫病 (伝染病)や災害などをもたらす悪霊を防ぐために村境(村の入り口)や道の辻(道の交差点でもあり、いろいろなものが吹き溜まるところ)に祀られた神さまであります。
  大きな火を焚いて「どんど、どんど」(どんどには‘尊い’という意味があるらしい)と大声ではやしたて、爆竹の大きな音と共に悪霊や邪気を追い払ったのです。人々にもっとも恐れられていたのは疫病で、その当時の人々はモノノケとか、オニのしわざだと信じていました。16世紀ごろの京都では国の行事としてモノノケやオニを追い払う神事が行われていたのです。今、私たちが考えるとウソのような話でありますが。。。年がら年中いつも追い払っているわけにはいかないので、一年の終わりにまとめて追い払うというのが‘鬼やらい’という儀式で、これは今日の節分の豆まきの原型であります。

 

 ◎またなぜお正月に使った門松、しめ飾り、書初めなどを一緒に焼くのでしょうか。

  それはお正月に門松やしめ飾りにお招きした、その年の健康や家族の安全を守ってくれる年神さまを天高く空に帰っていただくためです。また、特別な火でお団子や習字を焼く事によって無病息災や学力向上を願うのは、その火は特別であり、火はケガレを清め、新しい命を生み出す力であることを人々が信じていたからです。

  以上、少し難しい内容になってしまったでしょうか。来年もどんど焼きに参加してみてください。(春日神社でもどんど焼きを始めました。)楽しいことが一番なのですから。その時少しでもこのお話を思い出していただけたら幸いです。私も来年は大蔵小学校のどんど焼きを見に行きたいと思っております。
  

節分祭によせて

平成22年2月

 

『節分とは』

  今では節分といえば、立春の前日にあたる2月3日のことを言いますが、「節分」とは漢字で書いてみると分かるように、元々は季節を分けるという意味です。だから各季節の始まりである立春、立夏、立秋、立冬の前日のことも「節分」と呼んでいたようです。年に4回あったのです。日本に春夏秋冬という四季があることは、知っていますね。昔は4回あった節分ですが、それが次第に寒い冬がおわりに近づき、木々が芽生え、いろいろな生き物が活動し始める日差しにも暖かさを感じる事ができる立春が、日本人にとって特に大切な日となったのではないかと思います。

 

『お正月の風習によせて』

    みなさん、節分祭はいかがでしたか。たくさん‘福’を分けていただけたかな。さて、本当の節分は2月3日ですが、その翌日は「立春(りっしゅん)」と言います。そして昔の人たちが使っていた暦(今のカレンダー)では「立春」を「お正月」として迎えていました。今回は、そのお正月についてお話したいと思います。

  はじめに質問です。このお正月、みなさんの家では玄関に門松やしめ飾りを飾りましたか。お雑煮をいただきましたか。
…どうしてこんなことを聞いたかというと、意外に思うかもしれませんがそれぞれ神さまに深い関わりのある風習だからです。元旦を迎えると、新しいその年の神さま(これを年神さまといいます)がみなさんの家の近くにやってきます。門松やしめ飾りは、年神さまに「自分の家はここですよ」、と探し出していただくための目印なのです。
  また、お正月にお餅を食べるのはなぜでしょうか。それはお米でできたお餅には神さまの力が宿っていると考えられているため、そのお餅をいただくことによってこの一年を健康に過ごしたいという人々の願いが込められているから。11日の鏡開きでは鏡餅を割っておしるこにしていただくのも、同じような意味があります。甘くておいしいから…だけではないのですね。
  お正月というのは「年神さま」を心をこめて迎え入れ、神さまに感謝し、一年間元気に過ごせるようお祈りする日です。年神さまの新しい力(年魂=「年玉」)をいただき、自分も新しく生まれ変わる事のできた日でもあるのです。

  さて、「年玉」と聞いてピーンと来た子はいるかな。そうです。君たちが大人からいただく「お年玉」はここからきました。神さまの新しいお力=年玉は、まず一番はじめに家長(家の主)へ与えられたそうです。そして次にそのお力が親から子どもに与えられました。今はお金に変ってしまいましたが「お年玉」というのはもともとそういう意味があったのです。大切に使わなきゃ、という気持ちになるかもしれないね。

 

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  私達が古くから行ってきた年中行事は、長い歴史を通じて培ってきた「日本人らしさ」、「日本人の感性」といったものを体現したものといえます。そしてそこにはどうしたら精神的に豊かな暮らしができるかという神さまへの切なる願いが込められていると思うのです。
  今回もこの古きよき伝統を伝え、ひとりでも多くの方に喜んでいただけるよう、総代をはじめ大蔵子ども会の方々には心を込めて準備を重ねていただきました。最後になりましたがこの場をお借りして、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。  これからもここ鶴川地区の先駆けとしての誇りをもって、この節分祭を皆さまと共に盛り上げていただけたら幸いに存じます。